『船上の鷹師』

 

ゴゥンゴゥンゴゥン。

 

絶え間なく響く機械音が真っ青な空に吸い込まれてゆく。

 

 

一夜明け、俺とレド(パーシィは置いてきた)はゾナシス氏に会うべく、今、飛空船に乗っている。

 

ちなみに飛空船ってのは、まあ簡単に説明すると空飛ぶ船(まあ、読んで字のごとしだが)で、現在は、イズルード・ジュノー間を往復する便と、ジュノー・アインブロック・リヒタルゼンの三都市を巡回している便が運行している。

ここ数年の間の様々な異変に伴う冒険者の増加。それにともなう他国との接触。更にはトリスタン三世の積極的な外交活動もあり、他国の様々な文化・技術が取り入れられだいぶルーンミッドガッツも変わってきている。

こんなデカい船が空を飛ぶんだからホント時代は変わったもんだよなあ。

と、そこまで考えたところでふと疑問が沸き、俺の後ろでフリーゼと「あっちむいてホイ」で激闘を繰り広げているレドに声をかける。

なにやってんだお前わ・・・。

 

「なあレド。俺らこれ乗るのに金払ったっけ?」

 

そう。よく考えたら空港で金を払った記憶がない。

確か飛空船って先払いだったと思ったんだが?

 

「あれ?言ってなかったっけ?この船の護衛をやる代わりにタダで乗らせてもらうことになった。って話」

 

激しく初耳だぞレドくん。

 

「護衛ってこの船。なんかに襲われることあるの?」

 

「うん。なんか最近この船。ルーンミッドガッツ王国でもシュバルツバルド共和国でも未確認のモンスターに襲われるらしいよ」

 

「らしいよ、ってお前・・」

 

「だいじょぶだよ。別に毎回襲われるわけじゃないみたいだし。というより襲われることのが少ないらしい・・」

 

『現在モンスターがこの船に近づいております。甲板にお出になっている一般の乗客の皆様は早急に室内へとお戻り下さい。繰り返します、現在・・・』

 

レドの言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、流れる放送。

周りを見渡すと、船の左の方から小さな黒い点が数個近づいてきているのが分かる。

恐らくはあれがそうだろう。

さよなら快適な空の旅。

 

「少ない確率に当たっちゃったみたいだね。おいでフレーゼ」

 

シレっと言い放ち、フレーゼを呼ぶレド。

ペタリと甲板に座り込み、慌しく走り回る乗客をもの珍しげに眺めていたフレーゼだがレドの呼びかけに気づいたのかチョコチョコと小走りにレドの元へと駆け寄ってゆく。

何事かレドが伝えると、了解したのかコクコクと首を縦に振り、一般の乗客達に混ざって、室内へと消えてゆく。

 

「ん?フレーゼは戦わせないんだ?」

 

「あんまり戦闘とかはさせたくないんだ」

 

「そっか」

 

フレーゼはホムンクルスである。

見かけは緑色の肌を持つ六・七歳くらいの女の子といったところだが、実際のところは人間ではない。

リヒタルゼンの研究所で人工的に生み出された擬似生命体である。

それをなんでレドが連れてるのかは謎だが、聞いてないのでそのへんの事情は分からない。

戦闘力はそれほど高くないが、補助的なスキルが使えるらしく、ちょっとした傷を治せたり、主人と自分自身の歩行速度を上げたり、といったことができる。

ちなみにフレーゼというのは愛称で本当はフリージアというのが正式な名前。

なんでもフリージアってのは実際にある花の名前らしくて、その花言葉がフレーゼっぽくてその名前をつけた、とかレドが言ってたけどその花言葉がなんだったかは忘れた。

なぜか俺は嫌われてるらしく、一度頭をなでようとしたら思いっきりいきなり鋭利になった髪の毛で手を切られたことがある。

レドに言わせると「白い服を着た背の高い男が嫌い」だそうだ。

なんかそんな服きた男にヤな目にでも合わされたんだろか?

 

「ツヴァ兄!くるよ!」

 

レドが叫び、腰に挿した鞘から自分の剣を引き抜き、バックラーを構える。

キンッという澄んだ金属音と共に真っ赤な刀身が姿を現す。

炎の魔剣。ファイアーブランド。レドの愛刀である。

俺もそれに習い腰に吊るしたソードメイスを手に取り、レドと同様バックラーを構える。

本来アコライトやプリーストは刃のついた武具の使用を禁止されているのだが、一部のプリーストだけは刃のついた武具を限定的にだが許されている。

俺みたいな一般的に殴りプリとか呼ばれるプリーストのことだが。

 

「なるほど。こりゃ見たことないわ」

 

もう黒い点はその姿がハッキリ見えるところまで近づいてきている。

大きな目玉に羽と尻尾がそのままついたような姿をしている。

それが四体と、

 

「こいつらはいつ現れたんだ・・・?」

 

「分かんない・・・」

 

妙に長細い胴体に、やはりアンバランスな長い手足の四足歩行のモンスター。

特筆すべきはやたらと前に突き出した口とその口の周りをグルっと取り巻くようについている目だろう。

口にはビッシリと尖った歯が並んでいる。

忽然と現れたこの気味の悪い生物が俺とレドを取り囲むように三体。

どんな能力のモンスターだかも分からないうえにこの数は少々しんどい。

 

「まあ、やるしかないか」

 

目玉の方が来る前にこの四足の方の数を減らしておきたい。

 

「レド!一匹頼んだ!ホーリーライト!!」

 

俺は叫び、ホーリーライトを唱え一匹を攻撃すると同時に別の一匹の四足に向かって駆ける。

ホーリーライトはプリーストの使えるスキルの一つで、対象に対して衝撃波で攻撃できる。

元々魔法が得意でない俺ではダメージは期待できないが注意が向けばそれでいい。

パァン、という乾いた音と共に対象になった四足の体がよろめくがそれで終わりである。

あまり効果があったようには思えないが、どうやら意識は俺の方に向いたらしく長い首を数回振ると、俺に向かって突撃してくる。

その頃には俺も目の前にいたもう一匹の元へと辿りついている。

 

なにをしてくるのか分からんが一気に決める。

 

四足は目の前にきた俺の脚に噛み付こうとその長い首を伸ばしてくる。

遅い。

俺は勢いを殺さずそのまま甲板を蹴り、噛み付きを避け四足を飛び越しざまその背に深々とソードメイスを埋め込む。

 

「マグナムブレイク」

 

ドンッ!

 

ソードメイスを突き立てたその四足の背が破裂する。

 

マグナムブレイク。

本来は剣士系のスキルだが、マリンスフィアーの魔力を持ったアクセサリーを装備していれば誰でも使用できる。

俺の場合は、左手の中指にはめたリングがソレである。

 

「っ!?」

 

急な激痛に振り返るといつの間に近づいてきたのか、さきほどホーリーライトを当ててやった四足がバックラーを避け左腕に噛付いてきている。

 

「っのやろっ!!」

 

俺はそのまま強引に左腕を振り上げ、甲板に四足を叩きつける。

ギッとおかしな悲鳴を上げる四足。その突き出た口に逆手に持ち替えたソードメイスを突き刺してやる。

黒っぽい液体を撒き散らし暴れるソレを思い切り踏みつけ黙らせる。

完全に動かなくなったのを確認しレドの方を見るとあちらもうまく片付けたらしい。

 

あとは、

 

「あの飛んでるのは厄介だね」

 

「だな」

 

レドの目線を追うと目玉が三匹、こちらに向かってとんできているのが分かる。

三匹?

 

「きゃあっ!」

 

悲鳴。

驚いて振り返った先には、人形を抱えた小さな女の子がペタンと甲板に尻をついて座っている。

そしてそのすぐ近くに飛んでいるのは、

 

「一匹回りこんでたんだ!」

 

言うや否や女の子に向かってダッシュするレド。

俺はその背に速度増加の支援を掛け、自分は正面から近づいてきている三匹の目玉を牽制する。

間に合うか?

速度増加がかかっているとはいえ、距離が完全にコチラの敵にまわっている。

これは・・・間に合うまい。

やはりというべきか。レドがあと十数歩で間に合うというところで女の子の真上に到達した目玉が女の子に向かい急降下を掛ける。

瞬間、一人のスナイパーが女の子をかばうように前に飛び出し、目玉に向かい矢を放つ。

矢は目玉を捕らえ、その羽を貫く。

やや体勢を崩した目玉だが、攻撃を止めるところまでには至っていない。

だが、それで十分だった。

 

そして紫の風が荒れ狂った。

 

視認することすら難しい勢いで飛ぶソレは女の子に襲い掛かった目玉をカマイタチのようなものでズタズタにすると、そのまま高速で中空にて反転。再び目玉に襲い掛かりその体を引き裂いてゆく。

 

「なっ?!」

 

「飛んでるやつらはあんたらじゃ厄介だろう。手を貸そう。アルコ!」

 

怯える女の子を足に張り付かせたまま上空で優雅に舞う紫のファルコンに声を掛けるスナイパー。そのスナイパーの髪もやはり紫である。

 

それに応えるように大きく一声鳴くと、一気に加速し俺の頭を飛び越え三匹の目玉の中に飛び込んでゆく。

 

あとは一方的だった。

スナイパーの矢が目玉を牽制し、高速で舞うファルコンが目玉をズタズタに引き裂いていく。

見事というしかないコンビネーションである。

特に何をするでもなくただそれを眺める俺とレド。それほど一方的だったのだからしょうがない。目玉の方もさしたる反撃もできないままボロ雑巾のようにされ次々と墜落してゆく。

ものの数分でその一方的な戦闘は終わる。

 

つよ〜・・・。

 

「いや、すごいもんだな。助かったよ」

 

俺はスナイパーに話しかける。

スナイパーは舞い降りてきたファルコンにエサをやりながらこちらを振り向く。

 

「いや、コイツがすごいだけさ。それに俺らだけじゃ地上のやつらはちょっと厄介だったしな」

 

言い、スナイパーはファルコンの頭を撫でてやる。

ファルコンは気持ちよさそうにされるがままにされている。

 

「よかったら名前を教えてくれませんか?」

 

レドが言い自分と俺を紹介する。

スナイパーはちょっと驚いたように目を見開くと、

 

「そうか。あんたがあの『神官戦士』さんか。俺はどーぷ。コイツは相棒のアルコだ」

 

言い、肩に止まるファルコンを撫でる。

ん?なんかひっかかる言い方だが?

 

「俺を知ってる?」

 

不思議そうに聞きかえす俺にどーぷは苦笑を浮かべ、

 

「左衛門さんは知ってるだろう?昔ちょっとあの人にお世話になったことがあってね。その時の話しの中にツヴァイトさんの名前が出てきて、その話された印象そのままだったんでね」

 

と、言った。

うーん。俺はなんて言われてたんだろう?

気になる・・・。ま、いっか。

 

「ところでどーぷさんはどこへ向かうところなの?」

 

「俺らはアルデバランだ。ちょっとそこで一仕事あってね。そっちは?」

 

「僕達はリヒタルゼンです。それでしたらアルデバランまで一緒に食事でもしません?」

 

レドが言いどーぷが頷く。

そういや昼飯がまだだったもんな。

 

そろそろと顔を出す船員達に、俺は手を振り、戦闘が終わったことを示しつつレドと共に船室へと足を向ける。

 

「あれが神官戦士殿か。左衛門殿はアレを高く買いすぎてる感がある」

 

「アルコ。人ってのは見た目じゃ分からんもんだ。お前だって最初は俺を認めなかったろう?」

 

「『雛鳥はいずれ親鳥を越す』。我が主人が力を貸してやるほどの人物になるかどうかはまだ分からぬ」

 

「そうだな。まだ分からないな」

 

「今分かっているのは」

 

「あぁ。腹が減ってる、ということだな」

 

俺とレドからだいぶ遅れてゆっくりと進む一人と一匹。

 

 

この一人と一匹はまた別の物語で活躍することになるんだけどそれはまた別のお話。

 

 

こうして俺とレドは鷹師どーぷ、それにファルコンのアルコとアルデバランまで一緒に食事や歓談などをしつつ過ごした。

 

うっし。ちょっと厄介ごとには巻き込まれたけどこれで無事リヒタルゼンにつく!

待ってろ。ゾナシスとやら!

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