『途絶えた手紙の意味』
「それで、今回調査を手伝ってくれるっていうプリーストってツヴァ兄になったんだ」
ぼさぼさな緑色の髪にのんびりした顔立ちの細身のクリエイター姿の男、レド=ハーリングはそう言ってチラっと机に突っ伏して未だ立ち直れずにいる兄、つまり俺を見る。
そんな悲しそうな目で俺を見ないでくれ。レド。
俺まで悲しくなるじゃないか。
「ええ。すいません。大聖堂も今ちょっと人手不足でアルケミスト協会からの条件に合って、且つ体が空いてる人っていうとツヴァさんしかいませんでしたので」
結構ひどいこと言ってるんだけど自覚はあるのかな?楼香さん。
かなり傷ついたよ俺。
「いえ、突然の依頼に応えて頂けただけでも嬉しいです。ハイ・プリーストの方々は引く手数多でなかなか、特にこのようなあまり実入りのよくない依頼には応じてもらえない、と聞いていましたので」
丁寧な口調で言うレドに、楼香はちょっと困ったような笑みを浮かべ、
「ゼニーの大小で動くようでは聖職者としてはどうかと思いますが・・・」
「でもそうしないとお仕事がいーっぱい来ちゃって手が回らなくなっちゃうんだよねっ」
楼香の言葉を皆まで言わせず、パーシィが口を挟む。
まあ、確かにそれは間違ってない。
聖職者といえどしょせん人間。
各所からくる依頼に全部応えていたら体が持たない。
と、なると自然、優先順位をつけるしかなくなり、その基準が『ゼニー』ってわけだ。
結局世の中ゼニだわな。
楼香はその言葉に寂しそうに頷くと、
「でもツヴァイトさんのようにゼニーにこだわらず、献身的に仕事を請けてくれる方がいらっしゃいますので私達も助かっています」
と、一転、楽しそうに言う。
「・・・別に好き好んでそんな仕事ばっかりやってるわけじゃないんだけどね」
楼香の言葉に未だ机に突っ伏したままの俺も一応の反論の言葉を放ってみるが黙殺される。
そういう仕事しか回さない誰かさんのせいなんだけどなー。
ゼニー。欲しいよゼニー。
と、いつまでもダウンしててもしょうがない。
俺はわずかに残った元気を使って机から体を引き離す。
「そいで?一体何が起こって、なんでまたお前が出張ることになったんだ?」
そう。
実はレドは〜兄の俺が言うのもなんだが〜かなりすごいアルケミストで、まだ十代の若さにあってアルケミストの上位職であり、世界でも数人しかいないと言われているクリエイターという職にあるのである。
もっとも、特別、錬金術師ギルドでの成績がよかったとか、なんかすごい論文を発表したとか、発見をしたとか、そういう話はまったく聞かないし、一体なにが認められてクリエイターなんてもんになれたのかは実はよく知らないのだけど。
経過はともかく、クリエイターのレドがわざわざ出張ることになる事件ってなんなんだ?
俺の問いにレドが口を開く。
「一週間ほど前なんだけど僕の研究室に手紙がきたんだ」
「手紙?」
俺の言葉に小さく頷くレド。
「手紙をくれたのはリヒタルゼンで学会があったとき僕がお世話になった人で、ゾナシスって研究員なんだけど、気が合って学会が終わったあとも何度か手紙でやり取りしてたんだ。でも、どうもその内容がここ最近、おだやかじゃなくなってきて、それでこの手紙を最後にまったく連絡がなくなっちゃって・・・」
言いながらレドは懐から一通の手紙を取り出す。
俺はそれを受け取り目を通す。
そこには具体的には書いてないが、どうやら今自分達が行っている研究への不満のようなことが書かれていて、最後はこう締めくくられていた。
『・・・もう我慢できない。こんな実験は間違っている。僕はこの実験を中止にするよう行動してみようと思う。もし(キミにこんなことを頼むのは本当に勝手だと思うのだけれど)この手紙から一週間立って、僕からなんの連絡もなかったら僕の家に来てはもらえないだろうか?僕の住所は・・・』
とあり最後にゾナシスなる人物の住所と思わしき地名と番地が書いてある。
「・・・なんかヤな感じだな」
俺は読み終わった手紙を机に放り投げる。
レドは頷き、でしょ、と小さく呟く。
「つまり今日がその手紙が着てから一週間目なんですね」
俺が放り投げた手紙を手に取り、すばやく目を通すと、こちらは再び丁寧に折りたたみ机に置き楼香が言う。
レドは再び頷く。
つまりこの手紙の主は自分が危うくなるのを承知でなんらかの行動に出て失敗した可能性が高く、且つ自分がだめだったときの保険として信用の置ける人物であり、しかも外部の人間であるレドにそのなにかを止めてくれることを賭けた、ってことだな。
どうもキナ臭い感じだな。
「で、もちろんお前はこのゾナシスさんとやらの家に行ってみるつもりなんだよな?」
俺の言葉に再び頷くレド。
「もう二人分の飛空挺のチケットも取ってあるよ」
「飛空挺?ポタは使えないんだっけか?」
「56ページ。『国交』の章」
俺とレドのやり取りにぼそっと呟く楼香。
あ、そっか。
「あーそうか。あそこはポタできないんだったな」
そういやそんなことが書いてあった気がする。
確か、リヒタルゼンはワープポータルのメモが取れないんだよな。
なんだかややこしい説明が長々と書いてあったが、要はリヒタルゼンって町は、町全体にセージのスキル『ランドプロテクター』が敷いてあるような状態になってるらしい。
もっともテレポートなんかも封じられるらしいからランドプロテクターなんかよりもっと強力なヤツなんだろうけど。
まあ、ちゃんとゼニー払って飛空挺に乗ってこいってことだな。
「で、すぐ出るのか?」
「うぅん。今日はもう遅いから明日の朝イチで出発するよ。それにもうこの時間じゃ飛空挺の便もないよ」
俺の言葉に苦笑し時計を指差しレドが答える。
なるほど。もうこんな時間か。
「じゃ、明日また朝この酒場集合で」
俺は言うと酒場の二階にある自室に向かうべく席を立つ。
それに習い楼香・レド・パーシィも席を立つ。
「じゃ、また明日ね。おやすみ」
「おやすみなさい」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「二人ともおやすみぃ」
レドと楼香がそれ酒場の扉をくぐりそれぞれ自分の宿へと帰って行く。
それを確認し俺とパーシィは二階に上がり・・・ってあれ?
「パーシィ。なんでついてくるの?」
なぜか眠そうな顔でついてくる小娘一人。
「パーシィ。お兄ちゃんと一緒に寝るの〜」
なにを言い出すんだこのクルセイダー娘わ。
「だめだめ。さ、自分の宿に戻った戻った」
「やだー。パーシィも一緒に寝るの〜!ねえ、じいや。お兄ちゃんと一緒におねんねしてもいいよね?」
「だめでございます」
じいや?
唐突に真後ろから聞こえた声に若干びびりつつ振り返るといつの間に現れたやら、絵に描いたような執事姿の初老の男性が立っている。
どっから沸いたんだこのじいさん。
「ご主人様も心配なさっておりますゆえ、帰りますぞ。お嬢様」
言うや否や問答無用でパーシィを引きずるようにしてひっぱっていくじいや。
すごいぞ、じいや。がんばれ、じいや。
なんか、引きずられながらアンタのとこのお嬢様が、お兄ちゃんのベッドにこっそりホルンを入れてやるとかのたまってるが全力でそっちも止めてくれると嬉しいぞ。
二人が去りようやく部屋に戻れた俺は羽織っていたセイントローブを脱ぎ捨てるとそのままベッドに倒れ込む。
どうやらホルンはいないようで柔らかな感触が俺を受け止める。
大きく息を吐くとふとベッドサイドに置いてある写真立ての一つに目がいく。
そこには憮然とした表情を浮かべるプリースト姿の俺に寄り添うようにして立ち、楽しげに微笑んでるハンター姿の女性の写真が飾ってある。
俺もいい加減未練がましいよな。
明かりを消し暗くなった部屋で自嘲気味の笑いを浮かべ俺はそのままゆっくりと眠りの中へと落ちていった。