あるギルメンとの出会い
「平和ですね〜」
 
「だねぇ」
 
ズズズ・・・
 
「しかしエルさんがアマツから持ってきてくれたっていう飲み物。『リョクチャ』っていったっけ?これうまいねぇ」
 
「そうですか?ありがとうございます。なんていうか和みますよね〜」
 
「そだねぇ」
 
ズズズズズ・・・
 
ポカポカとした陽気に恵まれたある日の昼下がり。
ここ、プロンテラ南西部に位置する酒場で2本の向日葵が・・・否、1人のプリーストと1人のアサシンが頭に咲かせた向日葵を揺らしつつのんびりとアマツ渡来の飲み物『緑茶』を啜っていた。
RRマスターツヴァイトとそのギルメンLBである。
この日は2人ともいつものように個別に狩りを行っていたのだが、この陽気に1人、薄暗いダンジョンで狩りをしているのがアホらしくなったツヴァイトの
 
「たまには2人で茶でも飲むか」
 
という誘いにLBが2つ返事で答え今に至る、というわけである。
 
ところでアマツとツヴァイトたちが住むこのルーン・ミッドガッツ王国との交易が始まったのはつい最近のことである。
そもそもはアルベルタの船乗りが漂流した末、アマツに辿り着いたところから始まる。その船乗りはその後アマツ住人の手当てのかいもありなんとかアルベルタに帰還したのだがその後すぐ死亡してしまう。しかし彼が描きあげたアルベルタからアマツまでの海図は残り、それを頼りに何人もの船乗りがアマツ探索に乗り出した末にようやく今の交易が始まった。というのが一般的によく知れ渡っている話である。
 
(でもよく考えたらどうやって漂流した船乗りって帰ってきたんだ?アマツの人達が送ってくれたんだったらわざわざこっちが必死でアマツ探す必要もなかったわけだしな?ポタかテレポかな??)
 
ツヴァイトは自分の知識にツッコミを入れつつわずかに残った茶を胃に流し込む。
 
「なぁエルさん。やっぱりあの船乗りは実はアコライトかプリーストだったんじゃないかな?あ、でも待てよ。だったらメモってこいって話だよな・・・。うーん・・・」
 
「えっと・・・?」
 
しばしの沈黙の後、唐突に質問してきたかと思えばそのまま自己完結してしまった自分のギルドマスターを困惑の表情で見つめるLB。
とりあえず自分に用はなさそうだと判断したLBは両の手のひらで挟むようにして持っていた湯のみに口をつけ唇を湿す。
うん。おいしい。やはりルーン・ミッドガッツの主流である紅い茶も悪くないがこちらも負けてはいない。
自己完結したままなにやら考え込んでしまったマスターの空の湯飲みにもう1杯茶を入れてあげようかな、とLBが席を立ったところで酒場の扉が乱暴に開かれ1人のハンターが飛び込んでくる。
RRサブマスター、右衛門である。
 
「あ!マスター!ここにいたのか。ギルチャでもWisでも反応しないから探したよ」
 
「あら。サブマスター、もとい衛門さん。そんなに慌ててどしたんです?」
 
「って、マスター。なんでウチの大事な前衛に手を出してるん?マスターにはかわいい相方がいるでしょうに」
 
「出してない出してない!誤解を招くようなことをいわんでくださいょ。で、なんです?」
 
首を左右に元気に振って否定するツヴァイト。頭上の向日葵がそれにあわせてリズミカルに揺れる。
 
(あそこまで必死に否定されるのもなんか嫌われてるみたいでちょっと複雑だなぁ)
 
中断していたお茶を入れる作業を続行すべく、LBは急須に葉を入れお湯を注ぎツヴァイトの湯のみにそれを注・・・がずそのままにしておく。
 
(・・・ものすごく渋いのにしよ)
 
そんな悪魔的な作業が秘密裏に進んでいるとは露知らずツヴァイトと右衛門は話を進める。
 
「うん。で、マスター」
 
「なに?」
 
「最近ノビさんに手、出した?」
 
「過去にも。現在でも。そして未来にも!出す予定もなければ出したこともない!!」
 
あ、マスターが怒った。
LBは着々と進行する自分の計画を見守っていたが、1字1句チカラと怒気を込めて喋るマスターの方にチラと目をやる。
あの2人、仲悪いのかな?
 
「なんで急にンなこと言うんですかぃ?」
 
ツヴァイトがゲンナリした表情で右衛門に問いかける。
 
「いや、さっき街でノービスの女の子がマスターを探してたんだよ」
 
「過去に壁でもしてあげた子かな?」
 
ツヴァイトが首を捻る。もっともあまりノービスを手伝った覚えもないのだが。というより『ノビの女の子が自分を探していた』というだけで『手をだした』という結論に行き着くギルメンにもちょっとやるせないものがある。
 
「って、探してたの知ってるなら連れてきてくれりゃいいじゃないですか」
 
ツヴァイトが不満げに言う。
 
「そういわれてもその娘、僕は見つけられなかったんだもん。人が多すぎてね。探してる、っていうのはすぐ分かったんだけどねぇ。まあ、姿は見えなかったけどノビの女の子、っていうのは噂ですぐ耳に入ったし」
 
今にも吹き出しそうな表情を浮かべる右衛門。
 
『?』
 
まるでナゾナゾの様な受け答えにツヴァイトとLBの頭上に疑問符が浮かぶ。
 
「その娘ね。街の往来を大声でマスターの名前を連呼しながら歩いてるんだってよ」
 
「・・・ちょっと出てくる」
 
まるで頭痛でもしたかのように苦悶の表情を浮かべ右手で頭を支えるようにしヨロヨロと酒場を出て行くツヴァイト。
あ、行っちゃった。
 
「しかしよくもまあトラブルに巻き込まれるマスターだね。ところでエルさん。僕にもお茶もらえる?」
 
「あ、はい。今入れますね」
 
悪いね〜、といいつつ椅子に浅く座りなおしくつろぐ右衛門。
LBは煮えたぎる湯の入ったポットを手に取ると慣れた手つきで自分と右衛門の分を茶を入れようとし、ふとさきほど自分が入れたままにしている茶の存在を思い出す。
 
(ま、これでもいいや)
 
「はい。どうぞ」
 
「あり〜」
 
右衛門は差し出された湯のみを受け取り、もはや深い緑というよりもはやドス黒い液体となったモノに口をつける。
 
(気真面目なサブマスターの反応もちょっと楽しみかも)
 
「・・・エルさん」
 
一口飲んだ右衛門が湯のみを置き顔を上げる。
やっぱりまずかったかな?
 
「今日のすごいおいしいじゃん!やっぱこのくらい濃くないと飲んだ気にならないよねぇ」
 
「右衛門さんならそうだと思って普通より濃くしてみたんですが、お口に合ってなによりです」
 
にっこり笑って言うLB。
アサシンたるもの動揺は外に出さないものである。
 
(それにしても)
 
心からおいしそうにその深い緑というよりももはやドス黒いとしか表現できない液体を飲む目の前のハンターを眺めつつLBは考える。
 
(ツヴァイトさんを探してるノービスさんって一体どんな方なんでしょうか?)
 
 
 
 
 
「う〜・・・疲れたよ〜。人多いよ〜。見つからないよ〜」
 
ノービスはそうぼやくとその場にペタンと腰をおろした。
目の前を様々な職業の冒険者やプロンテラの住人と思しき市民や商売の仕入れにでも向かうのかカートを引いた商人が忙しく通ってゆく。
 
「だいたいお兄ちゃんの説明が適当なんだよ〜。『プロンテラに行ってツヴァイトって人に会えばいろいろ手伝ってくれる』ってプロンテラって広いじゃないかー!分かるもんかー!!」
 
ほとんどヤケになって叫ぶノービスに通りがかる人たちも一応目は向けるのだが特にそれ以上関わろうとはしない。
このノービスにとっては残念なことだが賢明といえば賢明である。
 
「クショー。八房!ほら、なんていうか動物的カンってやつでなんとかならないの!?」
 
ノービスは先ほどからそのノービスの横でおとなしく伏せている子デザートウルフに声をかける。
無茶言うな、とでもいうように軽く鼻を鳴らすとそのまま丸くなる。
どうやら長期戦を覚悟したらしい。
 
「よ〜し。こおなったらもっかい大声で叫んで・・・」
 
「ちょ、ちょっと待て。お前さんか?俺を探してるのって」
 
気合を入れなおし大きく息を吸い込んだノービスの頭上から声が掛けられる。
振ってきた声に振り返ったノービスの表情が輝く。
 
「あー!もしかしてあなたがツヴァイトさん!?」
 
目の前に立つどことなくゲンナリした顔のプリーストを指差し結局叫ぶノービス。
なんかヤなことでもあったのかしら?
 
「たぶんその『ツヴァイトさん』、だ」
 
自分から声を掛けておいてなんだが「いや人違いだろ」と言いたくなるのを我慢し、自分に指を突きつけるノービスを見下ろしその言葉を肯定するツヴァイト。
 
「あ〜なんだ。とりあえずちょっと移動しよう。ここじゃゆっくり話すこともできまい」
 
野次馬どもは更なる展開に胸を躍らせているようだがツヴァイトはこれ以上彼等に話題を提供してやるつもりはさらさらなかった。
 
「えー。ここでいーよぅ。もう歩くの疲れ・・分かった。分かりました。ツイテイキマスデス。ゴメンナサイゴメンナサイ」
 
「そっか。素直でいいね。じゃ、いこうか」
 
なにやら目の前のノービスが否定の言葉を発したようだが気のせいだろう。
思わず噴出してしまった殺気を押さえツヴァイトはノービスに背中を向けると、人通りの少ないところを求めて移動を始めた。
ノービスと八房もそれに遅れぬようツヴァイトの背中を追う。
それとなく背後へ視線をやりノービスが遅れずについてきているのを確認しツヴァイトは溜息1つ、天を仰ぎ神に問いかける。
 
(主よ。これも試練なのですか?)
 
 
 
 
 
 

 



inserted by FC2 system