「聖職者」 〜鷺宮 梨緒〜
 
 
 
「・・・よって神はいつでもアナタ方を見守っておられるのです」
 
説法を終え壇上の女プリーストは胸の前で手を組み小さく祈りの言葉を唱える。それに倣い席に長椅子に座りそれを聞いていた信者達は皆、その女プリーストと同じ祈りの言葉を唱え説教は終わる。
 
「今日のお話はこれで終わりです。皆さん、お気をつけてお帰りくださいね」
 
微笑みを浮かべ言うプリースト。その優しげな笑顔は大聖堂の荘厳な雰囲気と相まってまるで神の使いのごときイメージを信者達に与える。
彼女の名は鷺宮 梨緒と言う。
説法を終え、壇上から降りる梨緒の足元に数人の子供が駆け寄る。
 
「みゃーねえちゃん!今日のお話もとってもおもしろかったよ!!」
 
「ありがと」
 
子供達の笑顔にやはりさきほどの優しげな笑顔を浮かべ答える梨緒。
事実、彼女の説法は、子供でも分かる単純な例え話を用いて話し、様々な教訓と神の教えを分かりやすく語るので子供のみならず大人にも人気があった。もっとも梨緒のその清楚で端麗な容姿に惹かれてくる若者もいないとは言えないが。
 
「ツヴァイトさんのお話や楼香さん、それにうけひめさんや緋村さんのお話はどうなのかしら?」
 
梨緒は子供達の目の高さにあわせるよう座り込んで自分がよく知るプリーストの名を挙げ子供達にたずねる。
 
「ツヴァはだめだね。なかなか本題にはいらねーしな」
「ていうかあいつ、いつも周りのプリーストに苛められてるのみるぜ」
「だめだめだな。なんかぼーっとしてて弱そうだし」
「楼香のは話が難しすぎてつまんないよなあ・・・騒ぐと怒られるし」
「毅然としててかっこいいじゃないのよ」
「そういやうけひめ。ありゃ絶対あの開いてる本をカンニングして読んでるだけだぜ。あれ」
「彼女の本ってやたらと重そうよね〜?」
「緋村は話はともかく女ばっか集まるからなあ」
「あら。緋村様を馬鹿にするとあんたたちひどいわよ」
「あんなののどこがいいんだよバーカ」
「なによ!」
「やっぱりみゃ〜ねえちゃんが1番だよな。綺麗だし優しいし」
「私もおっきくなったら梨緒お姉ちゃんみたいな立派なプリースト様になるんだ」
 
「あはは。ありがとね」
 
困ったような苦笑を浮かべ、それでも楽しげに子供達のやりとりを聞き、言葉を交わす梨緒。実は子供達の批評は大人が考えてる以上に的を得ている。
本人達にはとても言えたものじゃないが・・・。
 
しばらくそうやっていたやいのやいのと騒いでいた子供達だったがしばらくすると彼らの親達が1人、また1人と来て梨緒のところにきて挨拶し、そのまま子供達を手を引いて大聖堂を後にしてゆく。
ほどなくして大聖堂を静寂が支配する。
梨緒はそのまま目を瞑り、じっとその場にと立つ。
一体何分、いや、何時間そうしていただろう。太陽はもはや沈み大聖堂は闇に沈んでいる。梨緒はまるで日が沈むのを待っていたかのようにゆっくりとその目を開け壇上の後ろにそびえる女神像に目をやる。女神像は慈悲深い笑みを浮かべそこから彼女を見下ろしている。
 
「綺麗で優しいおねえちゃん・・・か」
 
昼間子供達の言っていた言葉を反芻する梨緒。
ふと、窓の方へ目を向けるとよく磨かれた窓が鏡のように自分を写している。ここの神官はかなりしっかりと掃除をしているらしい。
鏡の中の梨緒はやはりさきほどと同じ笑顔を浮かべている。
 
「ほんとにそうだったらどんなにいいでしょうね」
 
梨緒は自嘲するような苦笑を浮かべると短く呪文を唱えワープポータルを開きそれに身を躍らせた。
 
 
「飲んだ飲んだ」
「やっぱたまには息抜きしないとな。大聖堂なんて辛気臭いとこにずっといたらくさっちまうぜ」
「はは、言えてるな」
 
プロンテラの裏通りに位置する歓楽街。
この裏通りは昼はただの静かな通りだが夜となると別な顔を見せ、酒場を筆頭に、あやしげな店までもが立ち並ぶ通りと化す。
その通りを3人の男が上機嫌で歩いていた。3人は皆、プロンテラ大聖堂に属する聖職者である。3人のうち1人はすでにアコライトの修行を終えたらしくプリーストの着る胸元が大きく開き、黒を基調としたセイントローブを羽織っている。
プロンテラ大聖堂にはもちろん古来より存在する厳格な規律というものが存在する。大聖堂で修行に励むアコライトはこれらを厳格に守らねばならない。
しかし大聖堂での修行を終え、プリースト。またはモンクとして世に出てからそれを守るか守らないかは個人の自由としている。
それを厳格に守ることに意味があるのか?それを守ることによって本当に自分は成長するのか?
それらは世にでて自分達で考えることである、という現在の最高司祭の考え方のためである。
 
そのためこのような場所に若い男のプリーストが現れることは〜まあ、そう褒められたものでもないが〜時たまあることでそう不思議なこと、というほどのものでもない。もっともアコライトがこの場にいることは立派に規律を破っているため大聖堂にバレれば破門とまではされないまでも、それ相応の罰を受けることにはなる。しかし歓楽街に店を出す店主達は相手がアコライトだから、といって何を言うわけでもない。歓楽街の住人にとって大事なのは相手の身元よりもその相手が落としていってくれるゼニーなのである。
 
プリースト・モンクになれば自由の身。
大聖堂で修行に励むアコライトでこう考えている者もいる。
しかし「自由」とは「なにをやってもいい」という免罪符ではない。
 
 
「そういやお前、この前ひっかけたっていうマジ娘はどうしたのよ?お座りウマーとか言ってたじゃねーの?」
「あーあれか。なんかもう飽きてきたし捨てた」
「どうやって捨てたんだ?」
「アルデの時計塔ってあるだろ?あそこの3階のアラームとか凶悪なモンスが出るとこで『俺が支援してやるからだいじょうぶ』とかいって連れてって適当にテレポして置いてきた」
「ぎゃははは。さいこーだな。ソレ」
「死んだんじゃねーの?そいつ」
 
プリーストが自慢気に語る。他の2人のアコライトもそれを聞き楽しげに笑い声を上げた。
 
「しかしいいなそれ。俺も今度やるかな」
 
アコライトの1人が言う。
 
「お前らも早いとこ適当なの見つけて、経験地だけ吸ってモンクだかプリだかになっちまえよ。あとは適当に捨てちまえばいいんだからさ」
 
プリーストが笑いながら言い人気の無い路地裏へと足を踏みいれる。ここを抜ければ自分らの宿へはもうすぐである。
 
「残念ながらあなたたちにそのような未来はないと思いますよ」
 
急に聞こえた場違いに綺麗な女の声にビクッと反応し3人は足を止める。
暗くて気づかなかったが目を凝らすと暗い路地裏の真ん中あたりに誰かいるのが分かる。
 
「誰だ?」
 
プリーストが声を落としその影に向かって尋ねる。その右手は油断なく胸元に仕込んである武器をいつでも抜けるような位置へと移動している。
 
「ギュエル・フェイン・ゴゥルの3人ですね?」
 
影はそれには答えず逆に問いかける。その声はまるで笑っているような感じにさえ聞こえる。
 
「だ、だったらなんだってんだ!」
 
プリーストの後ろでもうすでにクラブを右手に持ったアコライトが叫ぶ。その声には怯えと虚勢が混じっている。
 
「大神官の命によりあなたがたを消し・・・」
 
「ヒッ」
「い、いやだ!」
「ちっ!使えねぇヤツらだ。速度増加ぁ!」
 
影の言葉が終わるか終わらないかというところで、アコライト2人は小さく悲鳴を上げそのまま元来た道を転がるように逃げてゆく。プリーストの方は高らかに呪文を唱え自らを強化する。プリーストに転職した彼には目の前の影を打ち倒す自信があった。彼は特に「近接戦闘訓練」では優秀な成績を収めていた。
 
「あなたたちをターゲットと認定します」
影が言うや否や、あたりに圧倒的な魔力が満ちる。
 
「!?」
 
影の正体が実はウィザードかなにかで大きな範囲型魔法を発動するつもりなのかとあたりを見回すがそれらしい広範囲型魔法に付き物の巨大な魔法陣は見当たらない。
 
「こけおどしかよ!!」
 
プリーストはそう判断し胸元に仕込んであったダマスカスを引き抜くと、更にブレッシングやイムポシティオマヌース、キリエエレイソンなどの呪文を順に使っていき自らを強化してゆく。
2人のアコライトはすでに姿を消している。
 
一通りに支援を自らに掛け終わったプリーストはそのままその影目掛けて駆け出してゆく。
見たところ影は女性のようであり、華奢で、近づいて一撃入れさえすれば簡単に片がつきそうな感じがした。影がなにをするつもりなのかは知らないが近づいてしまえばなんとかなる、プリーストはそう踏んだ。
 
「もらった!」
 
影は最初の位置から動かずじっとなにかを唱え続けている。間はすぐに詰まった。プリーストは迷うことなくその影の胸元目掛け右手のダマスカスを振り下ろす。
 
「あら?あなた、聖職者は一部の聖職者を除いて刃物のある武器を使ってはならない。という決まりを知らないんですか?」
 
影、梨緒は笑みさえ浮かべ自分に切りかかってきたプリーストに話しかける。
プリーストの振り下ろしたダマスカスは梨緒の数センチ手前で止まっている。
よく見ると刃は薄いピンク色の壁のようなものに阻まれているのが分かる。
 
「セ、セーフティーウォール!?」
「話しかける前にこの場に張っておいたんですがお気づきになりませんでしたか?」
 
驚愕の表情を浮かべるプリーストに小首をかしげその顔を覗き込むようにして優しく諭すように話掛ける梨緒。その優しげな表情と口調に初めてプリーストの心に恐怖が生まれる。
 
(なんなんだコイツは!!)
「では、今度は私の番ですね」
 
プリーストはハッ、と我に返り再びその右手に持ったダマスカスを薄いピンクの壁に向かって振り下ろす。
セーフティーウォールは物理打撃に対して完全な防御を誇るが、それはどんな優秀なプリーストでも多くて10度の物理攻撃しか防げない。
あたりには圧倒的な魔力が満ちているのが感じられた。なにが起きるのかは分からないがそれが発動すれば自分の命さえ危ないのがプリーストには感じられた。
 
「深き闇よ。汝の抱擁は安らぎに満ちて、その腕の中に抱きし罪深き者を深淵へと誘わん!!マグヌスエクソシズム!!」
 
プリーストが8度、壁に短剣を振り下ろしたところで梨緒の呪文は完成した。
圧倒的な魔力がプリーストを中心に爆発し、その場の梨緒以外の生物全ての存在を否定し消滅させようとする。
全身を斬り刻み、押しつぶそうとするその魔力にプリーストは悲鳴を上げた。
マグヌスだと!?魔法陣などどこにも展開されてなどいなかったではないか!だいたい
対アンデッド・悪魔専用の呪文でなぜ俺にダメージを与えられる!!
やり場のない怒りを覚える。全てが理不尽だった。
 
ふとプリーストが全身を貫く衝撃に耐えつつ目をやった先で壊れかけた外灯が目に映る。
そしてその外灯が照らすわずかな光の中、地面を真っ黒ななにかが高速で動いているのを確認する。
あれは一体・・・。
次の瞬間プリーストはこの世界から姿を消した。
 
「葬送完了、ですね」
「派手なものね」
「あらうけひめさん。見てらしたのですか?」
 
後ろから急に掛けられた声にも特に驚いた様子もなく嬉しそうに振り返る梨緒。
その視線の先には聖書を小脇に抱え、梨緒の方を不機嫌をそうに睨み付ける女プリーストの姿があった。
名をうけひめという。
 
「あんたさあ。なんで笑ってんの?」
 
梨緒の言葉に答えることなく梨緒を尚も睨み付けるようにして言ううけひめ。
自分が善人だと思ったことはないし、自らも教会からの「教化」と称した暗殺の仕事をうけ人を殺したこともある。しかしどうしようもないやつとはいえ、人を殺して笑みを浮かべる彼女がどうしてもうけひめには不快に感じてならなかった。
 
「あはは。なんで怒ってるんです?私は彼がこれ以上悪いコトして魂が汚れないように、いわば「救って」あげたんですよ。よかったじゃないですか?なにか問題でもあるんですか?」
 
困ったような笑いを浮かべ答える梨緒。その表情は昼間子供達と話しているときのものとまったく変わるところがない。
 
「あんた・・!」
「それでは逃げてしまったアコライトさんたちの方もなんとかしないといけないのでこれで失礼しますね」
 
なおも言い募ろうとするうけひめの言葉を塞ぐようにすばやくワープポータルを開いて姿を消す梨緒。
 
「気に食わないわね。しかしあのマグヌスひょっとして」
 
ポータルが閉じるのを確認し、うけひめはおもむろにルアーフを唱え今しがたプリーストが消滅した路地裏へと目をむける。
呪文により現れた光がうけひめの周りを飛びあたりを頼りなく照らし出す。
 
その光により地面に描かれ高速で回転する大きな魔法陣が浮かび上がる。
通常のマグヌスでは真っ白な光の線で描かれる魔法陣だが、今うけひめの目の前に存在する魔法陣は真っ黒な線で魔方陣が構成され黒い炎のようなものをまだ噴出していた。
そのまましばらく眺めていると役目を終えた黒い魔法陣は地面に溶けるように消えてゆく。
 
「生者を否定する黒いマグヌス、か。話だけは聞いたことあったんだけどね。これが実在するならあの『黙示録』の存在も真実味を増してきたわね」
 
うけひめは1人呟き自身もポータルを開き姿を消した。
 
 
〜あとがき〜
 
ギルメンみゃ〜さん。イメージは「ニッコリ笑って怖いことする人」。
「黒いME」についてはかなり前から考えてたネタだったので比較的に好評な感想がもらえて嬉しい限り
^^。
MEネタだったのですぴさんとどっちにしようか迷ったのだけれど・・・どっちかというとみゃ〜さんのがこういう役に合いそうだった&某アンケートで「どっちかという悪役」と答えてくれてたのでケテーイ・w・)b
余談でせうが「ツヴァさんや楼香さんのお話はウンヌン」のくだりで、以前登場してもらったラルク氏やすぴさんが登場しないのは、彼らは(妄想)設定の中では大神官や大司祭などと言われる、いわゆる「偉い人」なので庶民相手に説教なんざしてるほど暇じゃない。という設定なのですょd(・w・)
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