(2)
 
 
「あ〜ぁ、疲れたっと。まったくモンクの候補生だかなんだか知らんがなんで俺がひよっこアコライトどもに鈍器を使った近接戦闘なぞ指導せにゃならんのだ」
「お金はちゃんと出るんだしいいじゃないですか」
 夕暮れ時。仕事を終え早足に家路に着くプロンテラの人々の中、ひときわゆっくり歩くプリースト2人。1人はシルクハットを被った黒髪の長身痩躯の男のプリースト。やや絞まりの無い顔をしている。もう1人は耳宛をした女のプリースト。こちらは美人と言っていい顔立ちだが生真面目な表情がややきつい感じを見る者に与える。とはいえ、大聖堂で彼女が説法を行うときは男性信者が増えるとか増えないとか・・・。
 ツヴァイトと楼香である。
「ぜんっぜんよくないっすよ。あんな申し訳程度の金・・・」
「プリーストがカネカネ言うのはあんまりよくないですよ」
「だいたい俺はあんな依頼断りたかったんだ・・・けど」
「大聖堂からの依頼はイコール召喚ですからね。いかないとプリーストとしての権利を剥奪されちゃいますよ。そうじゃなくてもツヴァさんはちっともプリーストらしいことしてないんですから」
「・・・それにしたってなんでまた俺にピンポイントでこんなめんどくさいのが。殴りプリなら他にも優秀なのがいるだろうに」
「なんででしょ〜ね〜♪」
 あさっての方向に目を向け楽しそうに喋る楼香。それとは逆に明日もまたやるのか、とガックリと頭を落としトボトボ歩くツヴァイト。
(私がラルク大司教に推薦しといたってことは内緒ですね)
 楼香の口元に小悪魔的な笑みが浮かぶがツヴァイトがそれに気づくことはなかった。
「そういえばツヴァさん。今日はなんか人と待ち合わせてるとか言ってませんでしたか?」
 楼香に言われハッとしたように頭を上げるツヴァイト。
「あ!そ、そだった。今、何時だろ?」
「さっき鐘の音が7つほど聞こえましたが?」
「げ。まずい。じゃちょっと急いで行って来ます。おつかれっした!」
「お疲れ様です」
 挨拶もそこそこに楼香に背を向けるといきなり全力で駆けて行くツヴァイト。楼香もツヴァイトが走っていった方とは逆の方向へ足を向け再びのんびりと歩きだす。
「さて、今日は臨時収入もありましたし楓ちゃん誘っておいしいものでも食べようかしら♪」
楼香が楽しげに呟く。「殴りプリの推薦料」という名の臨時収入を手に。
 
 
「『ウサ耳』より『コロネット』へ。ターゲットが単独で移動しました」
「了解。『ウサ耳』はそのまま尾行を続けて下さい。『矢リンゴ』、ターゲットの待ち合わせ場所には着いたかしら?」
「(矢リンゴって僕か?)えっととりあえず言われた場所には着いたよ。ねぇ。ところでわざわざサングラス掛けさせられたのとコードネームらしきモノで呼び合ってるのは何故?」
「雰囲気よ!」
 言わずと知れた3人組である。今日はなぜか3人ともサングラスを着用している。どうみても不自然だがこの3人パーティーのリーダーであるうけひめ曰く
「こういうミッションではサングラスを掛けなければならないという決まりがあるのよ」
の、一言でこうなってしまっている。
「ターゲットが待ち合わせている相手というのは恐らく共犯者ね」
 いきなり自信満々になんの根拠もないことを言い放つうけひめ。
「なるほど。辻切りの被害者に合ってる人の中にはかなり腕に立つ人もいましたからね。殴りプリさんが1人で倒せるわけがないですね。さすがうけさ・・・じゃない『コロネット』」
 その説に感心したように、且つつじつまが合うようにさりげなく補足を加えるLB。
「うんうん。さすがに分かってるわね『うさ耳』は」
 満足げなうけひめの声がWIS板を通して右衛門の耳に入る。
(う〜ん。待ち合わせ場所にいるのはそんな感じの人じゃないんだがなあ)
 その待ち合わせ場所を遠くから望遠鏡で覗きつつ思う右衛門だったが、せっかくご機嫌なリーダーの機嫌をそこねる気はさらさらなかった。
(まあ、監視を続けてれば分かるか)
 
 
「すいません!!俺が誘った・・・のに・・待たせ・・・ちゃっ・・て」
「気にしちゃだめ、なのです」
 息を切らせて謝罪の言葉を言うツヴァイトに、その待ち合わせていた相手、Lieserlは柔らかい笑みを浮かべ答える。その頭にはスモーキーをイメージし作られたタヌキ帽を乗せている。
「とりあえずお腹空いたですので早く入りましょうなのです」
「ですね」
 答えツヴァイトも自分がかなり空腹なことに気づいた。大聖堂では昼食も出なかったのでこの日は朝からなにも食べていなかったのだ。
(しかし今日あたりそろそろ・・・うまくいくといいんだが)
 ツヴァイトの願いを知ってか知らずかLieserlはさっさと扉を押して中へと入ってゆく。そこから流れ出す空腹な腹を刺激する匂いとおちついた音楽。
(うん。とりあえず食べてから考えよう)
 あっさり思考を切り替えるとツヴァイトもLieserlに続いて扉をくぐる。
 なんか考えながら食べるのはおいしものに失礼だ!
 
〜数刻後〜
 
「いっぱい食べたのです〜」
「・・・食べましたね。いっぱい」
 その日の夕食はツヴァイトにとっても申し分ないものだった。その懐へのダメージを除けば。この小さな体のどこにあの食べ物は消えていったのだろう?ツヴァイトはLieserlをまじまじと眺めたながら考えたが答えは見つからなかった。とりあえず今後、Lieserlを食事に誘うときは・・・冒険でレアでも出たときだけにしよう。うん。
 自分をマジマジと観察し、1人ブツブツ言っている一般的に言えばかなり「怪しい」と分類される状態のツヴァイトを不思議そうに、だがどこか楽しげに見つめるLieserl。
「それで、今日はどうするのです?」
 頃合いを見てツヴァイトに声を掛ける。
「そろそろ時間ですね。では夜のお散歩にお付き合い願えますかな?」
 おどけたようにシルクハットを取りそれを胸の前に持ってくるようにして軽く頭を下げるツヴァイト。
「もちろん、なのです」
 Lieserlは笑みを浮かべ答える。その笑みに対しツヴァイトも顔を上げ同様に笑みを浮かべ思う。
 ・・・ま、この笑顔が見れるならちょっとくらいの懐へのダメージは安いもんかな。
 
 かくて2人の男女は夜のプロンテラの街道を肩を並べ歩き始めた。
 
 
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